ここが見所

せかいのおきく(2023年/阪本順治監督)

山本光伸

実行委員会 副会長
(株) 小倉屋 顧問

江戸時代というと、どんな社会を想像するだろうか。士農工商という身分制度の中、武士が威張って庶民は虐げられていた。そんなネガティブなイメージを持つ人も多いと思う。しかし、生きるのに精一杯だった庶民が、文学、美術、工芸、芸能、食といった、あの素晴らしい江戸文化を創り出せただろうか。

渡辺京二氏の名著『逝きし世の面影』を読むと、幕末に来日した外国人が、街中で庶民が立ち読みを楽しむ姿を見て、愕然としたという。当時の識字率は世界一だったというのもうなずける。思うに、案外、たくましく、したたかに、生きていたのではないか。少なくとも現代社会のようにストレスフルで生きづらくはなかった。この映画を観るとそんな気がしてくる。

浪人の父と貧乏長屋に住む武家の娘おきくは、ある不幸な事件で父を殺され、声を失う。そんな彼女が知り合ったのが糞尿を売り買いする汚穢屋(おわいや)稼業の中次と矢亮。階級を越えて心を通わす男女、そして彼らを取り巻く長屋の住人たち。ドラマチックな展開はないが、淡々とした中に、SDGsという最近流行りの言葉を吹っ飛ばすリアリティを感じつつ、笑いのセンスも忘れない。

静かなラストシーンに思わずほっこりする感覚を味わってほしい。人それぞれ過酷な境遇を抱えているかもしれない。でも、その中にも「小さな幸せ」はあり、それが心の肥しになる。とても愛おしく品格のある映画だと思う。


上映日/2024年2月10日(土)12:15〜
提供=大三コーポレーショングループ